とはいえ過ぎ去った夏を惜しんでばかりいても仕方
ない。
俺はハイカラうどん小を頼み、上石に話の続きを促
した。
上石は饒舌に語った。
石を下ろすことに目覚めた下石は来る日も来る日も
山に登っては石を下ろし、そして伊勢湾に投下した。
周りの人々は下石を嘲笑した。
何故石を下ろすのか?
そう聞かれると
「意味なんてないね意味なんてないね」
決まって下石はこう答えた。
そんな日々を続ける下石。気がつけば山が一つ無く
なっていた
そして、いつしか下石に追随する人々が集まり出し
た。
人々は石を運んだ。理由なんてない。ただ闇雲に運
んだ。
それはやがて三重じゅうに波及した。人々は石を運
び続けた。
熱に憑かれていたのだろう。
気がつけば三重から山が無くなり、伊勢湾も無く
なった。
伊勢海老も驚いた。
伊勢湾亡き今、俺は何海老なのか?
山が無くなって最も困ったのは好日山荘の店長だっ
た。
店長は激怒した。
「ふざけんなよ!おら、山無いと俺困っちちまうん
だよ!
うち登山用品売ってんだよ!バカみたいに石下ろし
やがって。
おら下石出てこいよ。お前何考えてんだよ!」
普段温厚な店長が怒ったから事態は更に混乱した。
コンランショップの店長はその混乱に乗じて家具を
売りまくった。
「コンランショップの店長なんて知りません!」
再び、名古屋の今池。
荒い息で下石奈緒美は言う。
え?
「でも好日山荘の店長なら知ってます!」
何?
その時だ。
「♪そら行けすぐ行け今行け!」
と歌いながら、酔っぱらい達が俺たちを追い越して
行った。
「何ですか?あの歌は?」下石は聞く。
「あれは今池のテーマソングだ。彼らはサウナに向
かってるんだ!」
「サウナ?何でサウナなんですか?」
「あれはサウナフジのCMソングじゃないか!そんな
ことも知らないのか!」
「存じ上げません!」
「名古屋の人間ならみんな知ってるぞ!」
「私は三重です!」
「そうか、ごめん」
そうか、ごめん。じゃない。
酔っぱらいに抜かされてる場合じゃない。
俺たちこそ、スガキヤに「そら行けすぐ行け今行
け」なのだ。
時間は無いのだ。バカバカンス上映までには戻っ
て来なければならない。
「宮田さん!」
「何?」
「ミュージックデイ」
「分かってるよ、それは後で言うよ!」
「ごめんなさい!私あせっちゃって」
「あせらないで!「ノロマが走って行く」って言っ
てるじゃないか!」
「はい、でも、宮田さん、あることないこと」
俺たちは大通りに出た。右折する。ユニーはもう
近く。
ユニーの中にスガキヤが入っているのだ。ユニー
は名古屋のイトーヨーカドーみたいなスーパーだ。
俺は愛知県、下石は三重県で育った。ユニーはそ
こかしこにあった。
そして、ユニーにはスガキヤがついてまわった。
伊勢丹に銀座アスターが入るように、ユニーには
スガキヤが入っている。
スガキヤは中部圏を中心に展開するラーメン店
だ、ラーメンだけじゃなくソフトクリームなど甘味
も出す。何せ安い。300円くらい。
中学生の時とかよく言った。大体,中学生は意味
なくスーパーに行く。
買い物をするでもなくブラブラする。そして最終
的にスガキヤに落ち着く。もしくは映画を見に行っ
た帰りに映画館の近くのスガキヤに行く。
何せそこかしこにある。日高屋くらいある。
スープが独特だ。他では飲んだ事ないスープなの
だ。だから、スープに関しては都市伝説がある。マ
クドナルドの肉は実は○○的な、よくある話だ。
そしてレンゲ。レンゲがレンゲじゃない。レンゲ
が金属のスプーンで先がフォークになっている。こ
う言うと、給食の先割れスプーンを想像する人が多
い がそうではない。早合点はやめてくれ。ス
プーンだと思わせといて
突如として先端がフォークになるのだ。何故か?
きっと、スプーンにも
フォークにもなります的な発想なのだろう。名古
屋っぽい。ひつまぶし的なコンセプト。コンセプト
アート。でも、その実、じゃぁフォーク的に麺をく
る くる巻いて食べてるか?と訪ねられれば、
その答えには首を振る。
但し、子どもは別だ、子どもは麺を巻いて食べて
いることだろう。
ともあれ俺たち中部圏の人間はスガキヤを食べて
育ったのだ。
他の地方の人にはきっと理解してもらえないだろ
う。
東京にも進出したことがある。高田馬場にスガキ
ヤが出店したと聞いて俺たちは色めき立った。そし
て、行った。早稲田松竹で映画を見る前に行った。
ス ガキヤはあった。けど、それはスガキヤ
じゃなかった。
東京向けのよそ行きの服を着たスガキヤだった。
もっと、いつものように
スーちゃん、スガキヤのスーちゃんを前面に押し
出してくれよ。
スーちゃんはスガキヤのキャラクターだ。不二屋
がペコちゃんならスガキ ヤはスーちゃんだ。いま
だに髪をアップにしている女の子を見るとスー
ちゃんみたいだと思う。
「宮田さん、ミュージックデイのこと」
下石は言う。
分かってる。あきらかに、このスガキヤに関する
描写が長過ぎる。
でも止められない。
「下石、もうちょっと待ってくれ。ほらユニーは
もうすぐ先だ!」
とにかく俺は高田馬場のスガキヤに入ったさ。メ
ニューを見る。
東京メニューになっている。そもそも店自体がス
ガキヤじゃない。
おしゃれな東京のラーメン屋だ。そして食べた
ラーメンもスガキヤのラーメンをベースにしつつも
東京風にアレンジしたものだった。
肩を落として俺はスガキヤを後にした。
早稲田松竹で映画を見ながら思った。
いつものとおりでいいのに。普段の君がいいのに。
でも、そうも行かないのかな?とも思った。
東京ではそのまんまじゃ生きていけないのかな?
どーなのスーちゃん。
「色んな考えがあると思うわ。でも、私たちは今
回この東京進出に当たってこの方法を選択したの。
もちろんマーケティングもしたわ。」
スーちゃんが喋ったのを初めて聞いた。意外に大
人だった。
関西でブレイクした芸人が東京に進出する際に、
やり方を変えるようにスガキヤもやり方を変えるの
よ!と、スーちゃんは熱弁をふるった。
しかし、結果から言うと、スガキヤ高田馬場店は
撤退した。数年間の営業だった。今は別の店が営業
している。
戦いに破れたのか?それとも他の理由があったの
か?
どーなんだいスーちゃん?
でもいい、何度でも挑戦してくれればいい。ま
た、東京で会える日を待っているよスーちゃん。
ただ、よそゆきの顔をしたスーちゃんは見たくな
いな。
「みんなそう言うのよ。分かってるの!でも私た
ちは戦ったわ!戦わない人に言われたくないわ!」
スーちゃんはそう言って泣いた。俺の胸で泣い
た。とってもちっちゃかった。1メートルちょっと
くらいだった。
ユニーにたどり着いた。下石の息は完全に上がっ
ている。
でも時間がない。俺たちはエスカレーターを駆け
上がった。
一階から二階、二階から三階へ。
「あー!」
背後で下石が叫んだ。
「何だ?どうかしたのか?」
「今、すれ違ったの」
「ん?何だ?誰とすれ違ったんだ?」
「好日山荘の店長です!」
「何ー!あの店長が!」
(続く)
次回が最終回
であることをおおむね決意した宮田